怒りの葡萄

『怒りの葡萄』は、1940年に制作されたアメリカ映画。
モノクロ。
1939年に発表されたジョン・スタインベックの同名小説の映画化作品である。
原作の政治的な面は影を潜め、むしろ家族ドラマを前面に出している。
さらに映画の終結部分において、20世紀フォックス社の社長ダリル・F・ザナックが、監督フォードの意図を無視して勝手に、ママ・ジョードの「民衆はいつでも生き続けるんだよ…」の台詞を付け加えた。

ジュラシックパーク

元は、1990年に出版されたSF小説。
バイオテクノロジーを駆使して蘇らせた恐竜たちによる騒動を描くパニック・サスペンス。
それをスティーブンスピルバーグが監督をするのだから、大きな映画となった。
ハモンド他、多くの登場人物が恐竜に襲われ死亡する。
原作ではヴェロキラプトルを「知力が高く厄介な存在」と設定し、最大の脅威として描いている。
作中に登場するジャングルリバーライドはユニバーサルスタジオのアトラクションである「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」として再現されている。
原作・映画全体を通して「生命倫理や生命の進化・歴史」に対する哲学的テーマが存在している。

トリビア

映画のトリビアにはどんなものがあるだろう。
ジャッキーチェンがブルースリーの「ドラゴン怒りの鉄拳」や「燃えよドラゴン」にエキストラやスタントマンで出演していた、というのがある。
スターウォーズでダースベイダーがルークに、自分が父親である事を告げるシーン。
ベイダーがルークの父である事は秘密事項として厳重に隠されていて、撮影現場においてもそれは徹底されていた様だ。「オビ=ワンがお前の父を殺したのだ」と言うように指示されていたらしい。
プレミア上映直前まで、本物の台詞を知っていたのはジョージルーカスと、ルーク役のマークハミルと、ダースベイダーの声のジェイムズアールジョーンズの3人だけだったのだそうだ。
他の共演者はびっくりしただろう。
オーシャンズ11で、ブラッドピットが出ているシーンで彼がいつも何かを食べているのは、多忙で食事を取れていなかった為、撮影の中で食事をする、という状況だったらしい。
これはリアルでまた良い。
でも、ジョークなのかもしれないな。
どういう意図かは分からないけど、いつも何かを食べている様な演出かもしれないし、いくら多忙でもプロの役者がその都合で不自然な役柄になるなんて事は考えにくいものがある。

バラキ

1972年制作のイタリア・フランス合作映画。
マフィアでジェノヴェーゼ一家のジョゼフ・ヴァラキ。
ヴァラキの証言を通して、オメルタから始まるコーサ・ノストラ入会から出世、逃亡、そして当局に保護されるまでを描くことで、ラッキー・ルチアーノ等、実名で登場する本物のマフィア、コーサ・ノストラの歴史・実態が解り易く忠実に再現された。
実話に基づいているだけあって、数々の残虐なシーンもリアリティがあり、物凄い迫力で迫ってくる。
過酷な尋問のリアルさといったらとんでもない。
告発後の無力さに打ちひしがれるヴァラキの表情が物凄く哀しい。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ

1984年公開のアメリカ・イタリア合作のギャング映画。
セルジオ・レオーネ監督・脚本作品。
禁酒法時代にニューヨークのユダヤ人ゲットーで育った二人のギャングの生涯を描いた、レオーネの遺作にして代表作。
1930年代のニューヨーク。
ユダヤ系移民の子、ヌードルスはある日、仲間たちと酔っ払いから財布を抜き取ろうとするが、一人の少年にそれを阻まれる。
その少年はブロンクスからやってきたマックスといった。
ヌードルスとマックスは最初こそいがみ合うものの、やがては友情で結ばれていく。
禁酒法を利用して次々と犯罪行為に身を染めていく少年たちは、束の間の栄光を味わう。
しかし、彼らの挫折は思わぬところで待ち受けていた。
やがて時が流れ、老け込んだヌードルスは、再びニューヨークに戻ってくる。
彼の元に一通の手紙が届いたのだ。
禁酒法の時代背景が見事に描かれ、ロバート・デニーロの演技も素晴らしい。
同じ人物、同じ場所が姿を変えて何度も現れるのはサスペンスとして大変面白い。
時系列が飛び交う中、4時間もの大作であるにも関わらず、最後まで緊張感を保った演出の妙を感じる。

フィールド・オブ・ドリームス

1989年のアメリカ映画。
アイオワ州の田舎町に住むレイ・キンセラは農業でなんとか家計をやりくりする、一見普通の貧乏農家。ただ、若い頃に父親と口論の末に家を飛び出し、以来生涯に一度も父の顔を見る事も、口をきく事すらもなかった事を心の隅で悔やんでいる。
ある日の夕方、彼はトウモロコシ畑を歩いているとふと謎の声を耳にする。
「それを作れば、彼が来る」
その言葉から強い力を感じ取った彼は家族の支持のもと、周囲の人々があざ笑うのをよそに、何かに取り憑かれたように生活の糧であるトウモロコシ畑を切り開き、小さな野球場を作り上げる。
その後しばらく何も起きなかったが、ある日の晩、娘が夕闇に動く人影を球場にみつける。
そこにいたのは“ブラックソックス事件”で球界を永久追放され、失意のうちに生涯を終えた“シューレス”ジョー・ジャクソンだった。
何が理由で野球場を作るのか。
主人公の一心不乱さが、謎の声に誘発されたという不自然さを打消し、感情移入できる様になっている。
美しい幻想の中で、野球を通して人々の温かさが伝わってくる。
極めつけは、亡き父とのキャッチボールのシーン。
これで主人公の心に残っていた悔いが晴れたのだろう。
素晴らしい効果を生んでいる。
野球の国、アメリカならではの映画で、尚且つこんなにも温かい。

トップガン

1986年のアメリカ映画。
トムクルーズを一躍スターにした映画として知られる。
トップガンとは、アメリカ海軍に所属するトップ1パーセントのエリート・パイロットのこと。その仲間入りを果たしたマーベリックとグースは厳しい訓練を受けることに。
女性教官チャーリーとの恋、ライバルのアイスマンとの激突、そして訓練中の事故によるグースの死を経て、成長していくマーベリック。
やがて彼は敵ミグ戦闘機との実戦に出撃する。
ケニー・ロギンスやベルリンらの曲を用いたリズム感あふれる映像が大ウケし、世界的メガヒットを記録したスカイ・アクション映画。
主題歌のデンジャーゾーンはカッコいいのだが、ストーリーが無理やり感ありありで、訴えるものが自分には無かった。
ただ雰囲気を楽しむには良いのだろう。
愛と青春の旅立ちに似た空気もあるが、そちらの方は仲間が自殺するなどへヴィな状況もあり、重苦しいと思う。
それに比べると、華やかさと共に救われる気がする。
ちなみに主演のトム・クルーズはこの作品が嫌いだとの事だが、自分をメジャーにした映画で流石にそれを言ってはまずいと思う。

http://www.ricklamb.co.uk/